衣服を何度も着用していると毛玉ができることは誰にでも経験があると思います。この現象は「ピリング」と呼ばれ、服の見た目や着心地が悪くなってしまうことが難点です。
そこでこの記事ではピリングが発生するメカニズムからお手入れ方法などを解説した後に、ピリングを評価する試験方法についても紹介します。
ピリングが発生する理由
まずはピリングがどのように発生するのか、発生しやすさに違いがあるのかについて詳しくみていきましょう。
ピリングのメカニズム
ピリングは一般的に衣服同士などの間で擦れることが原因で発生します。例えば、脇の下や股の間などは普段生活する動作の中でも擦れる部分です。
また、アウターとインナーで重ね着をしたとき、アウターを脱いだり着たりすることでも摩擦を受けます。
ピリングは一度発生するとずっと残っているイメージがありますが、実は発生から脱落まで5つの段階で移行していきます。
- 摩擦を加えた時に毛羽立つ
- 表面に出た毛羽同士が絡み合う
- ピル(毛玉)が形成される
- ピル(毛玉)が周囲の毛羽を吸収して生長する
- 生地の表面からピル(毛玉)が脱落する
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ちなみに、ピリングに似た言葉として「スナッギング」もあります。スナッギングは鋭利な物などに引っかかって生地を構成する糸が引き出される現象です。
ピリングが紡績糸を使った生地で発生するのに対して、スナッギングはフィラメント糸を使った生地で発生することに違いがあります。
ピリングの発生しやすさ
ピリングが発生しやすい衣服と聞くと、すぐにイメージされるのは羊毛を使ったセーターかもしれません。しかし実は、天然繊維や合成繊維を使った生地でも広く発生しています。
ピリングは初期に発生した毛羽が絡み合って成長するため、強度が低く表面に凹凸のある綿や麻などの天然繊維で発生しやすいといえます。
毛玉が脱落”しやすい”ため、意外と”目立たない”こともあります。
一方で、ポリエステルやナイロンなどの合成繊維は強度が高くピリングが発生しにくいものの、一度発生してしまうと脱落しづらく、目立ってしまうことが欠点です。
また、生地の織り方や密度も発生のしやすさを左右する要素です。
例えば、織物生地とニット生地を比較すると、密度の荒いニット生地の方がピリングが発生しやすくなります。
また同じ織物同士でも、平滑性が高い生地よりも凹凸の大きな生地のほうが、擦れた時に引っかかりやすいためピリングが発生しやすいといえます。
ピリングを抑えるお手入れ方法
ピリングの発生原因から、初期の毛羽を発生させないことが大切であることがわかります。
実はピリングを発生させずに服を長く使う秘訣は、お手入れの中にもありました。日常でできるお手入れのポイントを紹介します。
着用後はブラッシングする
服をブラッシングすると生地の表面が一定方向に揃って綺麗になります。
毛羽同士が絡みにくくなってピリングの発生を抑えるとともに、発生してしまった毛玉を脱落させる効果も期待できます。
家に帰ったらまずは服をブラッシングするという習慣をつけると良いでしょう。
洗濯ネットを利用する
服同士が激しく擦れ合う洗濯機の中は、ピリングが発生する場所の一つでもあります。
しかし洗濯をしないで、汚れを放置するわけにはいきません。そこで洗濯ネットに詰めてから洗濯機で洗うと、周りの衣服との摩擦を抑えることにつながります。
洗濯前のひと手間が必要になりますが、意外と大切なポイントです。
柔軟剤を利用する
洗濯をするときに柔軟剤を入れることも、衣服同士の摩擦を抑える方法です。
柔軟剤には界面活性剤と呼ばれ、潤滑油のような働きをする成分が含まれています。
一般的には洗濯物が柔らかくなるように使われますが、界面活性剤が服の生地表面を覆うことで生地同士の摩擦を抑える効果が期待できるのです。
生地が絡みにくくなり、ピリングの発生を抑えることにつながります。普段の洗濯では柔軟剤を使わない人もいるかもしれませんが、毛玉を抑えて長持ちさせるためにも是非使ってみてください。
ピリングの処理方法
服を丁寧に扱っていてもピリングが発生してしまうこともあります。
そんなときには、次のような方法で処理ができます。慌てて処理をすると穴を開けてしまう可能性もあるため、落ち着いて丁寧に作業を行いましょう。
ブラシとハサミで丁寧に処理する
服に発生したピリングは、ブラシやハサミを使って取り除くことができます。
まず、服を平らに伸ばしてから、毛羽立った部分をブラシで軽くこすります。次に浮いてきた毛玉をハサミで切り落とします。
ただし切りすぎると穴が開いてしまうことがあるため、慎重に作業を行いましょう。家庭にあるブラシとハサミでできる処理であるため、ピリングができてもすぐに対処できます。
一方で、あまりに多くの毛玉が発生している場合には、すべてを取りきるのに多大な時間がかかるかもしれません。
毛玉取り器を使う
ブラシとハサミの作業を手間に感じる人や、大量のピリングが発生してしまった場合には、毛玉取り器がおすすめです。
毛玉取り器は自動で回転する刃で毛玉を切り落とす仕組みになっており、誰でも簡単に毛玉を処理できます。
スイッチを入れてから、生地の表面をクルクルと撫でるだけで素早く作業ができます。力を入れすぎると衣類を傷つけることがあるため、やさしく扱うようにしましょう。
毛玉取り器には電源式やポータブル式などさまざまな型式があるため、使用するシーンに合わせて選んでください。
しかし毛玉をカットして処理するということは、服の生地が薄くなることを指しています。
何度も繰り返していると長持ちはしません。できるだけピリングを発生させないことが重要です。
抗ピリング加工の方法
普段のお手入れの中でできるピリング処理方法を紹介しましたが、できれば何もしなくてもピリングを抑える方法があれば…と思う人も多いはず。
抗ピリング加工を施した素材を選ぶと、そんなお悩みを解決できるかもしれません。抗ピリング加工にはどんな方法があるのか、詳しく解説します。
毛羽を発生しにくくする加工
ピリングの初期段階である毛羽の発生は、さまざまな方法で抑制できます。
例えば、糸の段階では、捲縮加工を行う、糸の太さを太くする、糸の長さを長くする、糸に加える撚りを強くするなどのアプローチです。
また、生地の段階では生地の密度を高くしたり、表面を平滑にするために、適切な織編組織の採用や適度なヒートセット、樹脂加工による工夫もあります。
毛玉を絡まりにくくする加工
毛玉が成長しないように毛羽を絡みにくくする方法も抗ピリング加工の一つです。
例えば、生地の表面を剪毛や毛焼きをして、あらかじめ毛羽を小さくしておき、ピリングの発生を抑制することも行われています。
上記の方法も含めてどれか一つで抗ピリング加工ができるわけではなく、いくつかの方法を組み合わせてピリングの抑制を図っています。
毛玉を離脱しやすくする加工
上記2つの加工方法はピリングが発生しにくくなるものの、適用できる生地が限られていたり、重くなったりと欠点も多くあります。
そのためピリングが発生しても、すぐに脱落するような加工も重要視されています。
例えば、合成繊維を原料(ポリマー)の段階で改質したり、生地の仕上げ工程で化学処理を行ったりすることで、糸の強度を低下させる方法です。
具体的にどんな改質を施すのか、どんな化学処理を行うのかについて、各メーカーでさまざまな技術開発が行われています。
ピリングの試験方法と評価基準
ピリングを評価する方法として、JIS L 1076「織物及び編物のピリング試験方法」があります。
試験方法は使用する試験機械に応じて4種類に分かれており、状況に合わせて適切な試験方法を選ぶことが必要です。
それぞれの方法について詳しく解説しましょう。
A法:ICI形試験機を用いる方法
コルクの板で張りつけた回転箱(ICI形試験機)の中にゴム管に巻いた試験片を投入し、回転箱を回転させる方法です。
回転箱は60回転/分の回転速度で、試験片が織物の場合は10時間、編物の場合は5時間回転させます。所定時間が経過した後の試験片を観察し、ピリングの発生状況を評価します。
イギリスBS規格に準拠した方法であり、紡績糸を使った織編物の評価に適しているといわれています。実使用との相関が高い方法として、最も普及している試験方法です。
B法:TO形試験機を用いる方法
金属製の円筒の中に回転する羽根が入った構造を持つTO形試験機の中に、試験片を2枚挿入します。そして1,200回転/分の速度で30分間、羽根を回転させます。
その後試験片を観察し、ピリングの発生状況を評価します。A法と同様に紡績糸を使った織編物の評価に適する試験方法です。
A法よりも試験時間が短く、試験片の調整が簡単な点がメリットですが、薄手の試験片だとうまく試験できない場合があります。
C法:アピアランス・リテンション形試験機を用いる方法
支持台の上に取り付けられた摩擦板と、試験片を取り付けた試料ホルダを接触させ、試料ホルダを前後に移動させて摩擦板と試験片をこすり合わせる方法です。
押し付ける荷重を約3.92[N]として20回摩擦し、ピリング発生の評価を行います。紡績糸や長繊維糸を使った織編物を評価する試験方法で、試験時間が短いながら高い再現精度が特徴です。
しかし実用と試験方法が少し異なるという指摘もあるようです。
D法:ランダム・タンブル形試験機を用いる方法
ランダム・タンブル型試験機とは、クロロプレンシートまたはコルクシートを内張した円筒とその内部に回転する羽根がある試験機のことです。
試験片を入れてから1200回転/分の速度で30分間回転させ、ピリング発生を評価します。D法はシートの種類や綿繊維の有無によって、D-1法、D-2法、D-3法に分かれています。
特にD-3法はアメリカASTM規格に準拠した方法で、紡績糸を使った横編物や紡績糸と長繊維糸の交織製品の評価に適しています。
また、もみ洗いの力が加わる試験方法であるため、肌着などの洗濯頻度が高い製品の評価にも適しています。
ピリング試験の評価方法
上記の各種試験方法を行った後、試験片に付着したゴミを取り除いてから400ルクス以上になる光源を用いて、試験片の表面を観察します。
ピリング判定標準写真と試験片を比較して、ピリング程度を評価し、ピル(毛玉)の発生状況に応じて1級~5級の9段階で判定されます。
一般的には3級以上であれば、ピリングに対して良好な耐性があると評価されます。
等級 | 判定基準 |
5 | ピルの発生が標準写真の5号程度のもの |
4-5 | ピルの発生が標準写真の4号と5号の中間程度のもの |
4 | ピルの発生が標準写真の4号程度のもの |
3-4 | ピルの発生が標準写真の3号と4号の中間程度のもの |
3 | ピルの発生が標準写真の3号程度のもの |
2-3 | ピルの発生が標準写真の2号と3号の中間程度のもの |
2 | ピルの発生が標準写真の2号程度のもの |
1-2 | ピルの発生が標準写真の1号と2号の中間程度のもの |
1 | ピルの発生が標準写真の1号程度のもの |
まとめ
この記事ではピリングの発生理由、日常のお手入れ方法、抗ピリング加工のアプローチ、ピリングの評価方法について詳しく解説しました。
服同士の摩擦によって発生するピリングは、ブラッシングや洗濯時の工夫で抑制することが大切です。
また、ピリングが発生してしまった場合は丁寧に除去すれば、見た目を綺麗に戻せるでしょう。抗ピリング加工には、ピリングの発生段階に応じてさまざまなアプローチがあります。
ピリング試験は生地によって適切な方法を選んで実施し、一般的には3級以上の判定であれば良好といえます。煩わしいピリングから開放されるためには、抗ピリング耐性のある製品がおすすめです。
ソース一覧
https://kikakurui.com/l/L1076-2012-01.html
https://www.jstage.jst.go.jp/article/transjtmsj1965b/21/7-8/21_7-8_T168/_pdf
https://www.jstage.jst.go.jp/article/transjtmsj1972/32/3/32_3_P135/_pdf
https://www.kao.com/jp/qa/detail/16543/
https://www.jstage.jst.go.jp/article/senshoshi1960/23/9/23_9_396/_pdf/-char/ja
https://www.jstage.jst.go.jp/article/senshoshi1960/27/5/27_5_196/_pdf